“雨上がり”  『恋愛幸福論で10のお題』より

 


10月の間は、月初めこそ妙に寒かったものの、
結局は衣替えが早すぎると思うほど、
例年通りに上着要らずの日が続いてて。
汗を冷やしてはいけないからと、
どんなに面倒でも羽織るものを持ってたの、
でも結構お荷物にしていたと思う。
それがさすがに、11月に入ったら、
制服を着ないときだって、
ジャンパーやジャケットはなくてはならないものと化し。
ましてや冷たい雨の中。
身動きの取れないままに雨宿りをと、
通りすがりの雑貨屋の軒先に立ってたりするとき。
足元や背中なんかを、
さわさわさわって寒気が這い上って来るような時期になったの、
つくづくと実感する。
これが町なかだったらコンビニにでも飛び込めるのに。
駅の構内だってもうちょっとは暖かいし、
手持ち無沙汰に突っ立っててもそんなに不自然じゃあない。
ああでも雨宿りだってのは一目瞭然かしら。
トレーニングウェアって恰好だし、
ここいらには も少し先の鉄橋の下くらいしか軒らしいものはなし。
この土手沿いにはスポーツ店とこの雑貨屋さんしかないんだし、
それより何より、今日は人通り自体がなかったし。

 “誰からどう思われてたって、気にすることはないんだのにね。”

第一、そうそう見られてるもんじゃあない。
気の毒にくらいしか関心は向かないものだって、理屈じゃあ判っているのにね。
こういうところが“小市民”なんだろなって、あらためて思い知る。
それに引き換え、

 “進さんは…。/////////”

こっそりとお隣りを伺い見れば、
精悍なお顔がしのつく雨を見ているところが視野に入る。
毎朝のトレーニングで鉢合わせるようになって、
こんな遠くまで走っておいでなんですねと、そんな程度の会話しかしないけど、
それでも一緒の空間に身をおけるのが嬉しくて。
それでと結構荒れてるお天気のときも、毎朝走り続けるようになって。
凛々しいお顔にはさして変わったところもないから、
自然現象だなという感慨しかないんだろうな。
自分のようにいちいち振り回されない、落ち着きを無くしたりしないところも、
男らしくって頼もしいなあと、
ただただ惚れ惚れと見やるばかりな瀬那だったりし。

 “雨か。雨って言ったら、あの試合のこととか思い出すもんだろうにね。”

1年のときの秋季大会。
初めての全国大会へ連なる選手権で、
しかも蛭魔さんたちには最後の大会だったから。
後はないぞとみんなで一丸になって頑張って。
身も心もぼろぼろになって、
いろんなことで叩かれたり傷ついたりもしたけれど、
それでも頑張って頑張って。
壮絶だったとかいう感慨は後からしみじみ思ったことで、
当時は“どうして”と思うことさえ同時進行で抱えたまんま、
ただただ走り続けてて。
信じられないような相手ばかりが立ちはだかる、そんな波乱の連続の中、
一番最初に目的にしてた、高校最強の進さんとの試合。
あれもそういえば物凄い雨の中だったのにね。
雨と言えば、まずはあれを思い出すのが筋だろに、

 “どうしてかなぁ。”

冷たい雨じゃなかったか?
そんなの二の次にしていたからかな?
あのときは対峙し合う間柄だったから、
微妙に同じ進さんだとは思えないのかなぁ?

 “〜〜〜。////////”

こんな浮ついた自分がちょこっと恥ずかしいかも。
静かに雨脚を見やってるばかりな進さんの横顔は、
相変わらずにきっぱりと凛々しくて。
ああきっと、ボクが一緒じゃなかったならば、
このくらいの雨なんてと、意に介さぬまま走っておいでに違いない。
わざわざ気を遣ってもらったのに、
そんなボクがこんな落ち着きのなさでは…と、

 「…。」

小さな肩がふしゅんとしぼみかかったそんな折、

 「…雨というと、あの準決勝を思い出すのが筋なのだろうにな。」
 「ひゃ? あ、や、はい?/////////」

何て 間がいいんだか、いやいや、悪いのかな?
進さんの口からそんなお言いようが聞こえたもんだから、
思ってたことを見通されたような気がして、
セナくん、どひゃあと跳ね上がりかかったものの、

 「…試合の最中には思いも拠らぬことなのだが。」

ウィンドブレーカーのポケットへと手を入れた進さんが、
そこから取り出したのは小さめのタオル。
大きな手はグローブごと、少し冷えてもいたけれど、
身に添わせていたせいだろか、タオルはちょっぴり暖かで。
それを頬へと当ててくれた進さんは、

 「試合中でないなら、こうしてやれるのだな。」

世話を焼くというよりも、
視線でまでいたわってくれているような、そんな優しいお顔をするから。
静かなお声も、気のせいだろか少し甘くて。
だからだから、あのあのね?

 「あの…。/////////」

ボクも、あのその、
試合のことより進さんと居られることを先に思ってしまったの、と。
それが暖かくて居心地いいなって感じてしまったのですよ、と。
しどろもどろになって伝えれば、

  「………そうか。」

ああ、えっと。////////
そんなことをいきなり言われても困りますよね。
それでなくとも進さんて、こういうことへは口下手なのに。
視線が少ぉし外れちゃったのへと、
どしよどしよと あたふた慌ててしまっていると、


  ―― グローブを外した大きな手が


タオルよりも暖かい手が、頬へとすべり込んで来て。
背伸びをする暇さえ無いまま、
その身を寄せて来たので覗けたのは、
濡れてしまって伸びた格好の前髪の陰。
そこにあった深色の視線に射止められたまま、
暖かな存在感がふわりと総身をくるんでくれて……。


  雨の音が、遠くなる。




 すぐに上がると、囁かれ、
 そうですねって声ごと奪われて。
 どっちの頬が熱かったやら、
 ほのかに白かった吐息、
 風に散ったの、目で追って。
 上がるまではこうしていようと、
 寄り添い合ってた秋のひとこま……。



  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.11.10.


  *あああ、上がってないぞ雨。
   相変わらずに、お題とズレててすいません。


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